第2話|技術だけでは人を良くすることはできない
本人の意思と目的を知ることの大切さ
こんにちは。陰陽整体の渡邊裕之です。
前回は、幼い頃から経験していた説明できない体験や、怪我とリハビリをきっかけに理学療法士を目指した経緯についてお伝えしました。
当時の私は、身体のことを学び、技術を身につけていけば、もっと患者様を良くできるようになると思っていました。
しかし、理学療法士として患者様と関わる中で、少しずつ疑問を持つようになりました。
同じような身体の状態でも、回復の仕方やリハビリへの取り組み方が違うのはなぜなのか。
有名な先生から教えてもらった技術だから使う。
自分が得意な方法だから使う。
それだけでは、本当に目の前の患者様を見ていることにはならないのではないか。
そして、もう一つ考えるようになったことがあります。
目の前の患者様に、今、本当に必要なものは何なのか。
今回は、私が実際に担当した2人の患者様との経験を通して、そのことについてお話しします。
「自分の会社を最後までやり遂げたい」と話した80代の患者様
長期間、透析療法を受けていた80代後半の患者様を担当したことがありました。
透析は週3回あり、年齢的にも筋力や体力の低下が見られました。
最初は歩くときに物につかまる必要があり、ふらつきも著明でした。
転倒の危険性もあるため、慎重にリハビリを進める必要がありました。
しかし、その方は最初からリハビリに積極的でした。
透析後は疲労が強くなることもあるため、リハビリは透析前に行い、血圧などの体調を確認しながら、無理のない範囲で進めていました。
また、自宅でできる自主トレーニングも伝えていましたが、本人は非常に熱心に取り組んでいました。
私は、そこまで積極的に取り組む姿を見ながら、ある疑問を持ちました。
なぜ、これほど歩くことに意欲的なのに、ふらつきが強くなるまで身体の状態をそのままにしていたのだろうか。
そこで、少し踏み込んで尋ねてみました。
「失礼な言い方になるかもしれませんが、なぜここまでふらつく状態になるまで、そのままにしていたんですか?」
そして、もう一つ聞きました。
「今の身体の状態で、なぜそこまで会社に行く必要があるんですか? 任せられる仕事は、ほかの方に任せることもできるのではないですか?」
すると、その方は自分の思いを話してくれました。
「自分の会社を最後までやり遂げたい。まだやり残していることがあるんです」
そして、
「そこまでやって、ダメだったらそれでいいんです」
とも話されました。
その方には、まだ自分の手でやり遂げたい仕事がありました。
それを終えて、次の人に引き継ぎたい。
だからこそ、身体が思うように動かなくなっても、会社へ行き続けたいという強い意思があったのです。
私は、その話を聞いて、ようやく本人がそこまでして歩けるようになりたい理由を理解できたように思いました。
ただし、本人の意思が強いからといって、希望する練習を何でも行えばいいわけではありません。
この方は、少しせっかちなところがありました。
早く屋外を杖なしで歩けるようになりたいという思いがあったのです。
しかし、当時の身体の状態では、いきなり屋外を杖なしで歩くことは転倒の危険性がありました。
そのため、私は一つずつ目標を設定していきました。
まずは、自宅内で手すりや家具につかまらずに、安定して歩けるようになること。
次に、杖を使って安全に歩けるようになること。
そして、屋外での歩行へと段階的に進めていくこと。
本人にも、その理由を説明しながらリハビリを行いました。
リハビリを続ける中で、最初は物につかまらなければ難しかった歩行が、少しずつ安定していきました。
そして、杖を使った練習を重ね、最終的には屋外を歩けるところまで回復しました。
リハビリが終わった後には、本人が、
「力がみなぎってきた」
と話されることもありました。
この方との関わりで、私が学んだことがあります。
それは、本人の目的を知ることの大切さです。
単に「歩けるようになりたい」という言葉だけでは、その人がなぜ歩きたいのかまでは分かりません。
この方にとって歩くことは、会社へ行き、自分がやり残した仕事を最後までやり遂げるために必要なことだったのです。
そして、その目的を理解したうえで、身体の状態やリスクを確認しながら、実現に向けた目標を一緒に考える。
本人の意思を尊重することと、専門職として安全な方法を考えること。その両方が必要なのだと感じました。
「娘と外出したい」と話した70代の患者様
一方で、全く違う経験もありました。
70代の変形性膝関節症の女性です。
その方は、歩くときや立ち座りをするときに膝の痛みがありました。
私はリハビリを行いながら、本人に尋ねました。
「膝の痛みが楽になったら、何かやりたいことはありますか?」
すると、その方は、
「娘と外出したい」
と話されました。
私は、その希望を実現するために、膝の痛みを軽減するだけでなく、歩行の安定性や身体機能を高めることも必要だと考えました。
リハビリによって、立ち座りの際の膝の痛みは少しずつ変化していきました。
歩行時の膝の痛みも軽減し、歩ける距離も伸びていきました。
しかし、歩行時にはまだふらつきがありました。
そのため、屋外では転倒予防のために杖を使うことを説明し、自宅では屋内歩行の練習を提案しました。
身体の状態から考えると、練習を継続すれば、近所のスーパーまで歩いて行ける可能性もあると判断していました。
私は具体的な運動内容と目的を説明しました。
本人も、
「家でやってみる」
と話されました。
しかし、次に来られたときに確認すると、自宅ではほとんど取り組めていませんでした。
私は、
「家でもやってみましたか?」
「自宅では少し歩いていますか?」
と確認していました。
けれども、なかなか自宅での運動にはつながりませんでした。
私は、少し考えるようになりました。
本人は娘さんと外出したいという希望を持っている。
膝の痛みも軽減し、歩ける距離も変わってきている。
運動の目的や方法も説明し、本人から同意も得ている。
それなのに、なぜ自宅での取り組みにはつながらないのだろうか。
あるとき、私は本人にこう話しました。
「僕もずっと自主トレをしろ、自主トレをしろと言っていたら、言われる方もつらいと思うんですけど」
すると、その方は笑いながら、
「それもそうだね」
と答えました。
そのやり取りをきっかけに、私は改めて本人の気持ちを尋ねました。
「実際のところ、どうなんですか?」
すると、その方は率直な気持ちを話してくれました。
歩くときに転んでしまうのが怖い。
それに、娘さんが買い物をしてくれるのであれば、無理をせず任せたい。
その方にとっては、自分で買い物へ行けるようになることよりも、娘さんに任せて安心して過ごせることの方が、気持ちの面でも楽だったのです。
私は、その話を聞いて考えました。
本人は、娘さんと外出したいという希望を持っていました。
しかし、それは必ずしも、自分一人でスーパーまで歩いて買い物へ行きたいという意味ではなかったのです。
私が考えていた目標と、本人が実際に望んでいることには、違いがあったのかもしれません。
そこで私は、屋外を積極的に歩くことを勧め続けるのではなく、まずは自宅で生活するために必要な身体機能を維持することを提案しました。
「それなら、まずは自宅で生活できるように、少しでも歩いたり、身体を動かしたりすることから始めてみませんか?」
すると本人は、
「分かったわ。私もできる限りやっていくわ」
と話されました。
その後、確認すると、自宅でも少し歩くようになったと話してくれました。
私は、それ以上、細かく運動を勧めることはしませんでした。
この経験から、私は大切なことに気づきました。
本人が希望を口にすること、提案された方法に同意すること、そして実際に行動することは、必ずしも同じではない。
また、行動していないからといって、単純に「やる気がない」と判断することもできません。
この方には、転倒への不安がありました。
そして、娘さんに買い物を任せたいという思いもありました。
それを知らずに、私が正しいと思う運動を勧め続けていたら、本人にとって負担になっていたかもしれません。
大切なのは、こちらが考える理想の状態へ近づけることだけではありません。
本人が何を望み、何に不安を感じているのかを確認し、その人に合った目標や方法を考えること。
私は、そう感じるようになりました。
本人の意思と目的を知るために
この2人との関わりを振り返ったとき、私の中に残ったのは、単純な「前向き・後ろ向き」という違いではありませんでした。
80代の患者様は、自分の会社でやり遂げたい仕事がありました。
その目的が明確だったからこそ、透析を受けながらも、リハビリや自主トレーニングに積極的に取り組まれていました。
一方、70代女性には、娘さんと外出したいという希望がありました。
しかし、転倒への不安があり、娘さんに買い物を任せたいという思いもありました。
どちらの方にも、それぞれの意思や考えがあったのです。
私は、この経験から、患者様と会話をすることの大切さを改めて考えるようになりました。
以前の私は、患者様の私生活や気持ちについて、あまり踏み込んで聞いてはいけないと思っていました。
過去に質問を重ねたことで、相手が煩わしそうな態度を取った経験もありました。
そのため、必要以上に聞かない方がいいのではないかと考えていたのです。
しかし、今回のような経験を重ねる中で、その考え方も少しずつ変わっていきました。
聞いてはいけないと、最初から決めつける必要はありません。
大切なのは、何のために聞くのかという目的を明確にすることです。
本人が望むことを実現するために、今の身体の状態や生活環境、困っていること、不安に感じていることを確認する。
そして、相手の反応を見ながら、必要に応じて聞き方を変える。
もし話したくなさそうであれば、それ以上は聞かない。
そうした判断も必要だと思います。
また、自分の考えを伝えるときには、
「私はこう思います」
と、自分を主語にして伝えるようにしています。
こちらが相手の気持ちや答えを決めつけるのではなく、あくまで自分の意見として伝える。
そして、最終的にどうするかは、本人自身が決める。
専門職として必要なことを伝えながら、本人の意思や選択を尊重する。
この考え方は、現在の私の施術にもつながっています。
あなた自身は、何のために身体を良くしたいですか?
ここまで、私が担当した患者様との経験をお話ししました。
これは、医療や施術に関わる方だけの話ではありません。
身体の不調を改善するために、さまざまな施術や運動を試しても、思うように変化しないことがあります。
そんなとき、方法や技術だけでなく、「自分は何のために身体を良くしたいのか」と考えてみることも大切です。
また、思うように行動できないときも、意志が弱いと決めつける必要はありません。
不安があるのかもしれませんし、今の方法が自分の望む生活に合っていないのかもしれません。
身体の状態だけでなく、自分が何を望み、何に負担を感じているのかを知ることも大切だと、私は考えています。
それでも、人が変わる理由は分からなかった
今回紹介した2人の患者様との経験から、私は本人の意思や目的を知ることの大切さを学びました。
しかし、その後の臨床では、また違った経験をすることになります。
それまでリハビリを拒絶していた方が、ある出来事をきっかけに、驚くほど積極的になる。
身体の痛みが短期間で改善しても、本人の表情が晴れない。
身体が回復して自宅へ帰れる状態になっても、本人は別の生活を望んでいる。
私は、そうした経験を通して、さらに疑問を持つようになりました。
なぜ、人はある出来事をきっかけに、それまでとは大きく違う行動を取るようになるのだろうか。
そして、身体が良くなることは、必ずしもその人が望む人生につながるのだろうか。
その疑問については、次回お話しします。
今日のミニワーク|希望と行動を確認する
今、あなたが「こうなりたい」「こうしたい」と思っていることはありますか?
まずは、その希望を一つ書いてみてください。
次に、そのために実際に取り組んでいることを書いてみてください。
もし、思うように行動できていなかったとしても、自分を責める必要はありません。
例えば、
「本当にそこまで望んでいるのだろうか」
「何か不安に感じていることはないだろうか」
「自分にとって負担になっていることはないだろうか」
「別の方法でも実現できるのではないだろうか」
そんなふうに、自分自身に問いかけてみてください。
今すぐ行動を変える必要はありません。
また、無理に前向きな答えを出す必要もありません。
大切なのは、自分が望んでいることと、実際に行動していることを知ることです。
その違いに気づくことが、自分自身の意思や目的を見つめ直すきっかけになるかもしれません。
次回予告
第3話|人が変わる瞬間とは何なのか
次回は、理学療法士として経験した3つの症例を通して、身体の回復だけでは分からなかった、人の意欲や行動、そして本人が望む幸せについてお話しします。
陰陽整体
渡邊裕之


