技術を学べば、本当に患者様を良くできるのか?
理学療法士になった頃の私は、技術を身につけることで身体を整え、運動しやすい状態を作ることができれば、患者さんの身体は良くなっていくと思っていました。
実際、最初に勤めた職場でも、ある技術を重視する考え方がありました。私自身も「もっと技術を身につけたい」と思い、さまざまな方法を学びました。
海外から入ってきた神経系へのアプローチなども勉強しました。
学んだ技術によって身体が変化することもあります。
ただ、臨床でさまざまな患者さんに関わっていくうちに、一つの疑問が出てきました。
技術を学べば、本当に患者さんを良くできるのだろうか?
難しい技術を使わなくても変わる人がいた
例えば、難しい技術を使わなくても変わっていく人もいました。
透析を受けていた患者さんで、まず必要だったのは基本的な立ち座りでした。
何度も立ち座りを繰り返していく。
特別なことではありません。
ただ、実際には単純に「立ち座りを何回する」と決めていたわけではありません。
まずベッドの高さを調整しながら、今の本人の状態で、この高さならどのくらい立ち座りができるのかを見ていきます。
そのときには動作だけではなく、血圧、SpO2、脈拍なども測ります。そしてBorgスケールを使い、本人にも疲労度を確認します。
本人にもスケールについて説明し、
「今、この高さと回数ではこれくらいの疲労度です」
ということを一緒に確認していきます。
そして1週間後、2週間後に、同じ高さではどうなのか、回数はどう変わったのか、疲労度はどうなのかを確認していきます。
必要に応じて高さや回数を調整しながら、その人の変化を追っていきます。
訓練でできることと、一人でできることは違う
自主トレーニングを進める場合には、さらに考える必要があります。
リハビリ中は私がそばについていますが、一人で自主トレーニングをするときには誰もついていません。
だから、訓練中にできた高さや回数をそのまま自主トレーニングとして行えばいいわけではありません。
一人で行うなら、どの高さであれば安全にできるのか。何回なら無理なくできるのか。
痛みや疲労度についても本人に説明しながら、自分でも確認できるようにしていきます。
そして、訓練として行う立ち座りと、日常生活の中で必要になる立ち座りも同じではありません。
例えば、訓練として何回立ち座りができたとしても、自宅で必要なのは「何回できるか」ではありません。
ベッドから安全に立ち上がれることです。
特に透析をしている場合には、透析後にふらつきが出ることも考える必要があります。
透析後に少し休んだ状態で、どのくらいのベッドの高さであれば本人が立ちやすいのか。
ここでは回数よりも、実際に生活するうえで安全に立てる高さを見ることが重要になります。
もちろん、高くすれば立ちやすくなるから、単純にベッドを高くすればいいということでもありません。
自宅のベッドの高さを確認しながら、本人の動作や生活環境に合わせて考えていきます。
手すりが必要なのか。
手すりなしでも安全に立てるのか。
透析後のふらつきを考えれば、自宅では手すりなどの福祉用具を使った方がいいのか。
そういったことも一緒に考えていきます。
数字を良くすることが目的ではない
立ち座りの評価では、時間を計ったり、何回できたかを数字として測ったりする方法もあります。
もちろん、そうした評価が必要な場合もあります。
ただ、人によっては「何回できればいい」「何秒でできればいい」という数字だけを目標にしてしまうこともあります。
この患者さんの場合に大切なのは、数字を達成することではありません。
特に透析後の状態も含めて、転倒することなく、その人が実際の生活の中で安全に立ち上がれることです。
そのためには、
・訓練ではどの高さで何回できるのか
・自主トレーニングではどの高さと回数なら一人でも安全なのか
・日常生活ではどの高さなら本人が立ちやすいのか
・手すりなどの福祉用具が必要なのか
同じ「立ち座り」でも、目的によって見るところは変わります。
この患者さんは、こうした立ち座りを続けながら少しずつできることが増え、最終的には外を歩けるところまで変わっていきました。
特別な技術を使ったからではありません。
目の前の人の状態を確認し、その人に今必要なことを考え、評価しながら調整していく。
私はこうした経験から、技術に対する考え方が変わりました。
技術ではなく、目の前の人を見る
技術は必要です。
ただ、難しい技術をたくさん知っているから、その人を良くできるとは限りません。
大切なのは、
目の前にいる人に、今何が必要なのか。
そして、訓練の中だけを見るのではなく、その人が実際に生活するところまで考えること。
これは、現在の陰陽整体にもつながっている考え方です。
理学療法士として働いていた頃は、身体機能や動作、生活環境などを評価しながら、その人に必要なことを考えていました。
その後、身体について学び続ける中で、私は身体だけでは説明できない経験もするようになりました。
心理や感情、生き方についても学び、さらにエネルギーや霊的な影響についても考えるようになりました。
扱う範囲は当時とは大きく変わっています。
それでも、
「この方法を使えばいい」
「この技術をすればいい」
と最初から方法を決めるのではなく、目の前の人を確認して、その人に今何が必要なのかを見るという部分は変わっていません。
立ち座り一つでも、回数だけを見れば分からないことがあります。
身体の不調についても、身体だけを見ていては分からないことがあります。
だからこそ現在の私は、身体だけでなく、必要に応じてエネルギーや霊的な影響、その人が現在置かれている状況や生き方まで含めて確認しています。
技術そのものが人を良くするのではなく、
目の前の人を見て、今その人に何が必要なのかを考える。
理学療法士として臨床に立っていた頃から、現在の陰陽整体まで、私の中ではこの考え方はつながっています。

