信頼関係をつくるために、境界線をなくす必要があるのか?

人を支える仕事をしていると、
「もっと寄り添わなければ」
「もっと相手の希望に応えなければ」
と考えることがあります。
私自身も以前は、相手が行動しなかったときまで、
自分の伝え方が悪かったのではないか。
説明が足りなかったのではないか。
もっと信頼してもらう必要があるのではないか。
と、自分の中に原因を探すことがありました。
しかし、ある方との関わりから、
相手の選択まで自分が背負うことが、本当に信頼関係なのだろうか
と考えるようになりました。
自分にできることと、相手が選ぶことは違う
以前、70代後半の方を施術していました。
膝の痛みや足のもやもや感、肩こりや腰痛などがあり、施術を続ける中で、当初困っていた身体の問題には少しずつ変化がありました。
自主トレーニングについても、必要な理由を説明し、動画を渡しました。
しかし、実際に行うかどうかは本人です。
施術者である私が、
説明する。
施術する。
身体の変化を確認する。
必要なことを伝える。
ここまではできます。
しかし、
やるのか。
やらないのか。
続けるのか。
やめるのか。
そこまで私が決めることはできません。
相手の問題まで自分の問題にしない
人に深く関わる仕事ほど、この境界線が曖昧になることがあります。
相手の状態が変わらない。
提案したことを実践してもらえない。
思っていた反応が返ってこない。
そのたびに、
「自分が悪かったのではないか」
と考え続ける。
もちろん、本当に自分に改善するところがあれば振り返る必要があります。
しかし、相手が選択したことまで自分の責任にしてしまうと、自分自身の軸まで変わっていきます。
必要以上に相手へ合わせる。
自分の判断に自信が持てなくなる。
相手の反応によって、自分の状態まで大きく揺れる。
そして、本来向き合う必要のある人や、自分自身に使うはずだった時間やエネルギーまで失っていくことがあります。
境界線を持つことは、突き放すことではない
これは現在の陰陽整体でも大切にしている部分です。
身体の状態を確認する。
必要に応じて、身体周囲のエネルギーの偏りや霊的・エネルギー的な干渉についても確認する。
状態を整え、本来の自分へ戻していく。
そして、その状態で現実を確認します。
ただし、
「あなたはこの仕事を辞めるべきです」
「この人とは離れるべきです」
と、私が答えを決めるわけではありません。
私から見えていることや感じていることを伝える場合はあります。
しかし、最終的に、
何を続けるのか。
何をやめるのか。
誰と関わるのか。
どのように生きるのか。
それを選ぶのは本人です。
相手へ選択を返すことも、信頼だと思う
私は今、
相手に任せることも、信頼関係の一つではないか
と考えています。
必要なことは伝える。
自分が担う部分はきちんと担う。
できなかったことがあれば自分も振り返る。
しかし、相手が担う部分まで奪わない。
本人が選び、日常で実践する。
そして次に会ったとき、その選択によって何が起きたのかを一緒に確認する。
それは相手を突き放すことではありません。
相手の人生をこちらが代わりに背負わず、本人が自分の人生を選ぶ力を残すことだと考えています。
信頼関係をつくるために、境界線をなくす必要はありません。
自分が担うこと。
相手が担うこと。
そこを分けたうえで関わる。
私は現在、それも本来の自分へ戻るために必要なことの一つだと考えています。
身体について学び、いろいろ試してきても、なぜか自分自身の不調には対処しきれない。
身体の不調の背景には何があるのか。
人と深く関わる仕事をしている人自身が、不調を抱えるのはなぜなのか。
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