技術を深く学ぶほど、見える範囲が狭くなることはないか?

私は理学療法士や整体師として、さまざまな身体の技術を学んできました。
その一つに、仙腸関節を調整することで全身を整えていく技術があります。
微細なタッチ。
力の抜き方。
自分の立つ位置。
患者様の位置。
細かな違いで結果も変わるため、技術を身につけるには練習が必要です。
だから、
「もっと上手くなれば、もっと変えられるのではないか」
と考えることもありました。
しかし臨床を続ける中で、
技術の精度を高めることと、その人に起きていることをすべて見られることは同じではない
と考えるようになりました。
変わらないのは、自分の技術が足りないからなのか
施術しても変わらない。
すると、
「自分の技術が足りないのではないか」
と考えます。
実際に技術不足の場合もあります。
だから練習することは必要です。
しかし、もう一つ考えなければならないことがあります。
そもそも、今見ている場所だけが問題なのか。
仙腸関節だけではなく、股関節かもしれない。
背骨かもしれない。
首かもしれない。
筋膜などの軟部組織かもしれない。
身体の使い方かもしれない。
一つの技術を深く学ぶほど、その技術を通して目の前の人を見てしまうことがあります。
身体だけを見ていた頃から、確認する範囲は広がっていった
理学療法士として働いていた頃は、身体を中心に見ていました。
関節。
筋肉。
神経。
動作。
歩行。
生活環境。
身体を細かく見るほど、一つの場所だけでは説明できないことがあると分かってきました。
そして現在は、身体だけでは説明しきれない状態についても確認するようになっています。
思考や感情。
人間関係や生活。
エネルギーの状態。
必要な場合には霊的な影響。
ただし、
「身体で変わらなかったから霊的な原因だ」
と決めるわけではありません。
大切なのは、一つの答えに目の前の人を当てはめないことです。
エネルギーや霊的な施術も「一つの技術」にしてしまわない
これは、現在行っている陰陽整体についても同じです。
霊的・エネルギー的な干渉を整えることができたとしても、
「すべての問題は霊的なものだ」
となれば、身体の技術だけですべてを見ようとしていたことと同じになります。
身体を見る必要があることもあります。
現実の人間関係を確認する必要があることもあります。
本人が選択しなければ変わらないこともあります。
行動しなければ現実が変わらないこともあります。
だから陰陽整体では、必要な場合には霊的・エネルギー的な干渉を整え、魂と身体のズレを修正して、本来の自分の状態へ戻します。
しかし、そこで終わりではありません。
整えたあとに、その人自身が現実を見る
本来の状態へ戻ったあと、
自分は何を望んでいるのか。
何を続けるのか。
何をやめるのか。
どこに境界線を引くのか。
何が自分の課題で、何が相手の課題なのか。
現実を確認し、自分で選択します。
そして日常で実践します。
次回、その結果を確認し、新しいズレがあれば再び整えていきます。
施術者が一つの技術ですべてを変えるのではなく、整った本人が自分の現実を選び直していくところまで含めて見ています。
技術ではなく、目の前の人を見る
仙腸関節を調整する技術を学んだ経験から、
一つの技術を深く磨くことの大切さを知りました。
同時に、
その技術だけですべてを見ないことの大切さ
も感じるようになりました。
これは現在も変わりません。
身体の技術であっても。
エネルギーを扱う技術であっても。
霊的な影響を整えることであっても。
技術そのものを中心にするのではなく、
今、目の前の人には何が起きているのか。
そこから必要なものを見る。
理学療法士として身体を学び続けた経験は、現在の陰陽整体の考え方にもつながっています。


